桂小場~木曽駒ヶ岳  2019 10/5・6  ④

しまこ




来た道を戻るけれど
また違う景色が待っている。


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この時間
山頂から下りてきて
濃ヶ池に向かう人多かったな。


濃ヶ池はまた次回のお楽しみに。


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あまりにも気持ち良い景色と
穏やかな風のなかで一服を。


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そして行きがけは夜明け前で
暗くてほとんど分からなかった
遭難記念碑に立ち止まる。


『大正2年8月26日
中箕輪尋常高等小学校長赤羽長重君は
修学旅行のため児童を引率して登山し
翌27日暴風雨に遭って終に死す』


校長以下11名の遭難死をうけて
後日、西駒山荘の前身である
石室が作られて今に至っている。

『聖職の碑』では
遭難に関してだけではなく
その後、この遭難記念碑を建立するに至るまでの
大変な苦労の日々が記されている。


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石室の中には
大正の頃からの写真も飾られていて
当時の様子を知ることができる。


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山荘へ戻って来た途端に
あたりはガスに包まれた。

山旅の終わりを告げるみたいに。


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昨日とは違い
明るい陽射しのない
この道を歩いている人はまばらで
静かな森のクラシックルートを
ただひたすら下っていく。


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午後1時半過ぎ
桂小場の登山口へと戻ってきた。

無事に。



『聖職の碑』 には
登山地図とともに遭難者と生還者が
発見された場所も記されていて
今回歩いたことで
そこがどんな場所なのかわかってしまい
亡くなった赤羽校長先生はじめ
生徒たちの無念さを
思いながらの山旅となった。


そしてこの後、10月は
今までに経験したことのない台風の被害に
あらためて自然の前には逆らえないことを知らされる。




私が山を歩くのは
山の機嫌が良いときにおじゃまさせてもらうだけ・・・
さらにその思いを強くした山旅だった。




(   おわり   )


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Posted byしまこ

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