仙水小屋のはなしⅠ 早川尾根小屋での夏

しまこ



あと少しだけ
山に行けない時間が続くので
高校を卒業した後の話を思い出しながら
もう少しだけ昔の話をすることにします







大学に入ってからは
ちょっと特殊な専攻だったこともあり
山とは離れ、大学生活を地味~に謳歌

いわゆる当時もてはやされた 「女子大生」 からは想像もつかないような地味さ…笑



山からは遠ざかっていたけれど
年に一度くらいは、登山部だったMちゃんや女性顧問のM先生なんかと
どこかの山へ出かけていたかな

そして
登山部の二年先輩だったU先輩が
当時、南アルプスの仙水小屋に入り浸っていたりして
ヒマがあれば小屋の手伝いに行く、って感じで
…それもどんな経緯だったかはよく覚えてないけど

そのU先輩に、
根性だけはある。。。
的な事で目をかけてもらっていた私も
仙水小屋のご主人矢葺さんに紹介してもらえることになって



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山と渓谷 1986 10月号に特集された仙水小屋と矢葺さん




ご存知のとおり
仙水小屋は南アルプスの小屋の中でもちょっと異彩を放つ、というか
完全予約制で食事の贅沢さには評判の小屋。


山の中にあって新鮮なお刺身が夕食には付き
焼酎好きで豪放磊落な小屋のご主人、矢葺さんに惹かれた常連さんがいつでも来ていて
矢葺さんを取り囲んでいる・・・・・
そんな山小屋。



相変わらず細かい経緯は忘れたけれど
そんな中で
私が大学2年の夏休みに
矢葺さんが管理する早川尾根小屋で
小屋番のバイトをすることになった。。。





8月上旬


仙水小屋で矢葺さんに挨拶をしてからU先輩と一緒に
・・・いや、もしかして
その時既にU先輩は早川尾根小屋に入っていて
私一人で仙水峠から栗沢の頭を目指してあの急な登りを登っていたような気もする

仙水峠を挟んで反対側、
駒津峰までの登りも急登だけど
それに負けず劣らずの急登をふーふー言いながら登っていく

でも一息ついて振り返る度に目に入る甲斐駒と摩利支天の姿が素晴らしくて
ちょっと登っては何度も何度も振り返り振り返り歩いていた。




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甲斐駒から見る早川尾根方面 2012




早川尾根小屋。


もしかしたら
・・・そんな小屋あった?
という人の方が多いかもしれない。。。

鳳凰三山のメインルートから外れているので
鳳凰から甲斐駒ケ岳へ縦走するとか、というのではない限り
南アルプス北部のエリアの中でも
なかなか歩かれないマイナーな場所にある。


現在は建て替えられているそうだけど
当時の小屋は、、、
うん、確かに山小屋というよりも小屋・・

建物の真ん中を土間が両側まで貫いていて、今考えれば避難小屋の様な感じに近いかもしれない。
端っこに炊事スペースと管理人室(と言っても2畳あるかないかくらいの小部屋)、あとは全部オープンスペース

でも、
こんな本当の山の中だけど
当時、この早川尾根小屋でも
仙水小屋と食事の質はほぼ同じものを出していたのだからスゴイことです



私が早川尾根小屋に着いたその日は
U先輩と確かもう一人いた常連さんとの3人でほんのささやかに歓迎の宴をしてもらった



それから2週間、私は早川尾根小屋のヒトとなった




( つづく )



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Posted byしまこ

Comments 4

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tahara_t2
コラコラ!

始まったと思ったらプロローグで終り。???

いくらなんでも短すぎ!!!

コメントのしようが無い。(^_^;)

  • 2015/02/04 (Wed) 19:52
  • REPLY
しまこ
広い心で

えぇぇ。。。(´ω`;)

まさか怒られてダメ出しされるなんて…笑


他のブログを書いてる皆さんはどうかわかりませんが
私は書きあがったものを載せるのではなく
書きながら、この先どうしようかな〜と
考えがまとまっていくタイプなので
この先どうなるかもまだ未定状態(笑)

お許しくださいませ〜^ ^

sho
あの頃

ちょっと想像してみる・・・・
しまちゃんの・・・・女子大生!!!

って、ここ突っ込むところじゃないよね。
で、当時流行はサーファー・ファッションかな?
DCブランド物?
ディスコはいった?
ミニスカ勿論履いたよね?

って、だからそんなナンパなものには
見向きもしない元祖?山ガールだってば!笑


早川尾根小屋!かぁ!
って、どこにあるかなって感じで思わず会社に常備している
南アルプスの地図を広げたよ^^

広川河原峠(鳳凰三山縦走時に白鳳峠までは歩いたよ)の
先なんだね。
なんとも渋い場所に建つ小屋なんだね。まさにツウが集うような。

でも、本当、しまちゃんは根っからの山のひとなんだね。
山が好きで好きでたまらないのがよくわかるよ。
大人(随分オトナだけど)になって振り返ると20代のころなんて
山からはむしろ遠ざかってたなぁー。イヤ、遠ざかりたがったのかもしれない
(なんせ、山に囲まれた場所から出て来た訳で)。
今、思うとなんてもったいないんだろうと。
あの頃の自分に戻って山の素晴らしさを教えてやりたいって思うけど・・・
たぶん、その価値自体があの頃には理解できないんやろう。

山から遠ざかっている分、こうしてまた、心の山旅をしているしま先輩^^
しまちゃんのこのblogがあの頃のことを、書いて書いてって、おねだり。
書き残してって言っているような気がする。

次号あたりでは見れるかな?しまちゃん小屋番さんphoto♬
(無い場合は女子大しまちゃんでもOK)

しまこ
あの頃は

ちょっと想像してみる・・・
師匠の大学生活・・

きっと流行りのサーファーファッションとDCブランドに身を包み
髪も伸ばして (…それは今も 笑)
ミニスカ履いた彼女達を両肩に抱いて
風切ってディスコやライブハウスに通ってた。。。

きっとそんな感じ^ ^


私はといえば・・・

近かった事もあって
チャリンコで通い←もうこの時点でダメ 笑
学内じゃジャージでウロチョロ←体育の授業じゃないのに 注:墨で汚れるから 泣

ま、ま、ま、そんなことは置いといて。。。


師匠
ちゃんと地図を広げてくれるところが素晴らしいヤマヤですね!

当時は
山が好き!とかいう意識は全くなく
本当に高校を卒業した時点で一区切り、みたいな感じで
小屋番をすることになったのもほとんど成り行き、のような
ちょっと楽しそうかな。。。
くらいの軽い軽い気持ちかな

書道科の生活にどっぷりハマっていたから^ ^

でも大学一年の時の担任して下さった教授が、退官する時に
私達の事を忘れたくないから
授業の中で生徒一人一人に話をさせたんです
その時私が話したのは
高校2年の夏合宿、台風10号の中を下山した話しでした
後日、先生著の本を購入したときに
先生が筆で

山間明月

と書いて下さいましたよ
その時の話を覚えていて下さったんですね。。。


うん? 話が逸れてきたかな 笑

そう、師匠の言うように
あの頃の自分に山の素晴らしさを教えてあげようと思っても
その価値自体を当時の自分は理解できない…
その通りだと思います
小屋番見習いなんてしてみたけど
それは私自身も

でも今の自分が
また山と出逢って
山から抱えきれないくらいの素晴らしい贈り物をたくさん貰っているから
それでいいのかな、なんて^ ^

続きは女子大生当時の秘蔵写真出しちゃうから
(出さないかもしれないけど 笑)
またきてくださいね~



PS
弟子の分際で師匠にダメ出ししたかいがあったかも ♪
コメントもらえたし (笑)