「41人の嵐」 Ⅰ 高校二年の夏合宿①台風10号

しまこ


「41人の嵐」


それは南アルプスの両俣小屋の小屋番である
星美知子さんが書かれた本。


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198○年の夏に南アルプスを直撃した台風10号の記録である。


その台風で
南アルプススーパー林道は全線にわたって崩壊・・・

復旧するまでに丸二年ほど要するという
この何十年かの中では
南アルプスにとって一番大きな被害を出した台風として
今でも記憶に刻まれるれている。



その台風が来た時に
高校2年の夏合宿で両俣にテントを張っていた私たち登山部。



北沢峠から入山、
仙丈ヶ岳から仙塩尾根を両俣に下り
北岳に登り返して白根三山を縦走というのが
この夏合宿のルート。



前日は仙丈ヶ岳を越えて延々と仙塩尾根を歩き
野呂川越から両俣へ下りた。
そしてその日は左俣ルートで北岳の頂に立つはずだった。


だった・・・。





その年も
夏休みに入るとすぐに夏合宿になるはずだった。
ところが天候不順で出発は延期。

7月も終わるというところにきて
やっと合宿に行けることになった。



大きな大きな仙丈ヶ岳を越えて
長い長い仙塩尾根を歩き
野呂川越から両俣へ下りたのは
確かもう15時を過ぎた時間だったような気がする。

当時のテン場は野呂川越から下ってきた山の神のほど近く。




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(両俣の山の神。ワンカップをお供えすると晴れるという。    2013)






その時に、鹿の頭蓋骨を見た。初めて。
ここはそんな所なのか…
というのが第一印象だった両俣。





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(ヤナギラン咲く両俣小屋。     2013年)




8月1日。
両俣で目覚めた朝は雨だった。



台風も来ているらしく、
気象係がラジオをつけて天気図をとり先生と相談したりしていた。

小屋に行って様子を聞いてきた方がいいかな。

そういう先生と一緒に私も両俣小屋へついて行った。
(この辺りのことは41人の嵐の中の星さんの記述と少し違うのだけれど
自分の覚えている範囲で話は進めます。)



台風が来そうだから
下山した方がいいかもしれません…

という小屋番の星さんの言葉。

その言葉の中には、大雨になると林道も崩れるかもしれないし、
この野呂川も増水して危ないかもしれない、という星さんの気持ちが込められていた。



・・・下山決定。



去年1年生の時の南部の合宿でも確か台風で1日停滞したから
今回もここで台風が過ぎるのを待つのかな…

そんな風に軽く考えていたので
えっ、撤収するんだ…

少し意外だったけど、先生の判断も早かった。


台風がきてるので下山するから
すぐに準備して撤収します。

他のテントに告げて回る。

雨なので停滞を決め込んでいたBテンは
みんなでトランプしていたっけ。
一斉にテントの入口で声をかける私に向けられた目が忘れられない。


・・・えーーっ…撤収するの…



テン場は森の中なので
雨が降っていてもすぐにずぶ濡れになることは無かったけれど、
雨の中の撤収は気持ちのいいものではない。

その時の自分の共同装備は何を持っていたか忘れたけど
多分一年生の男子かな・・濡れたテントをザックに入れるのは本当に大変だったと思う。





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(2013年 テン場だったあたりを案内してくれた星さん)


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(テン場だったところは尾根から押し流された土砂が堆積して平らな場所などなかった)




撤収も終わり、
両俣小屋の前を通って林道へ出るので小屋に声をかけると
星さんが林道の出合いまで同行してくれるという。


「41人の嵐」によると、この時顧問は、下山するだけだし、
荷物になるのでお米など置いていきたいのですが、
と言ったという。

それに対して星さんは
足止めを食らうかもしれないし、
何があるかわからないから持って行った方がいいと言い
私たちはそのまま荷物を担いで下山することとなった。



まだ風は吹いていない、少し強めの雨の中、
星さんも林道への出合いまで同行してくださることになり
ジーンズに長靴、雨具の上だけひっかけて一緒に歩いて下さった。


星さんによるとこの時すでに
かなり野呂川の様子も変わっていたといい、

確かに林道へ出る最後のあたりは
もう道が川の一部になりかけていたのを覚えている。


星さんや顧問が足場を指示したり、
まだ合宿の序盤で荷物も重い私たちの手を取ってくれたりしながら無事に通過。

そして一同、星さんにお礼を言って林道を広河原まで目指すことになった。





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(林道に出る直前あたり。気持ちの良い道が続く。晴れれば。。  2013年)





この後
星さんや両俣に残った人たちがどれだけ大変な思いをしたかということは
「41人の嵐」の中に詳しく書かれている。




私たちは41人の中に含まれずに済んだのだ。
尤も私たちも残っていたら59人の嵐になっていたのだけど。






( つづく )



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Posted byしまこ

Comments 2

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musashi

"41人の嵐"の41分の1の者です。
今日、ふと…本当にふと…両俣小屋の事を思い出し、お姉さんはどうしてるのかなぁーと思いYahoo検索していたら"41人の嵐"とあり、びっくりして読ませていただきました。
あの時、一時同じサイトにいたのですね。
そして
お姉さんー星さんーはお元気でまだ小屋の管理人されているのですね。
なんだか懐かしくて思わずコメントさせていただきました。

  • 2015/10/20 (Tue) 11:28
  • REPLY
しまこ
ようこそ。ようこそ♪

musashiさん はじめまして。

ふと…。ふと、思い立って調べた41人の嵐。

Yahoo検索で自分のblogがヒットするなんてことも初めて知りましたが
こんな僻地のblogに来てくださって
コメントまで残してくださって
本当にありがとうございます。

いただいたコメントを読んだ時、えっ…
と思って鳥肌が立ちました。

musashiさんはどちらかの大学のワンゲルの方だったのでしょうか。
あのテン場にいらっしゃったんですね。。。
私は、41人の嵐の中では「小平高校」の生徒で間一髪最後の下山者として下山できたので
残った41人の方たちの、本には書かれていない大変さは知る由もないのですが
この何年かでまた本格的に山歩きを再開して、歩くごとに、
どれだけあの時の事は大変な事だったのかということが実感されて
あの時の話はいつか自分の記録として書いておきたいという思いもあって
山の記録としてblogを書いていたところでした。
それがまさかその41人の中のご本人と
つながる事が出来るなんて
夢にも思いもしませんでしたが
こんな事ってあるんだなぁ、と
本当にスマホの画面を見る手が震えました。


あの時お姉さんだった星さんは
今ではすっかり南アルプスの小屋番の重鎮として
今でもばりばり小屋を切り盛りされています。
この夏の終わりに友人達と両俣を訪ねた記録もありますので
またお時間のある時にでもぜひ覗きに来てくださいね^ ^


musashiさんは今でも山を歩かれてるんですか。
もう両俣小屋は今月末で小屋閉めとなりますが
季節の良い時に小屋に遊びに行く、なんていうのも悪くないと思います。
きっと星さん、大歓迎してくださると思いますよ♪


コメントを残してくださって
本当に本当にありがとうございました。