雨飾山 2016 7/9 ①

深く心に。
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晴れの日があれば
雨の日もある。
そんな当たり前のことが
心の底の深い部分に沁み込んでくるときがある。
そんな山だった。

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どこにあるかも知らなかった。
その山が百名山のひとつであることさえ。
偶然のきっかけで読んだ本
深田久弥氏について書かれた
「百名山の人 深田久弥伝」。
この本を先月読んだことが必然だったと
思うしかないような雨の雨飾山。
それは…背徳の山。
左の耳は僕の耳
右は愛しけやし君の耳
妻が居ながら初恋の人と結ばれて
でも雨で登れなかった雨飾山の帰り道
晴れあがった空にそびえる雨飾山の双耳峰を
いつまでも愛しそうに見つめながら
深田久弥が呟いていたということば。


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天気予報が悪いのはわかっていた。
普段ならどの山でも
この天気予報では出かけない。
明日なら朝から晴れることもわかっている。

だけど。
雨が飾る山
そんな名前をつけられた山だから
雨の日に行くのも悪くないかもしれない。



まだ雨らしい雨は降っていない。
山肌をふわりとと覆っては離れていく低い雲。
今は降っていなくても確実に雨に降られる山。
どんな姿を見せてくれるの。
まだ期待半分、不安半分。





スモーキーに霞む山肌。鈍く光る雫。
雨が見せる表情は
静かだけれど饒舌に
眼を凝らしたものだけに語りかけてくる。











背丈より高く伸びた深山獅子独活が
現実離れして見えてくる他に誰も歩いていない道。
2/11 の表示で平坦な道は終わり
ここから登りになる。

ゆっくり、ゆっくり、登り始めは。
いつも歩く山は
たいてい誰かの後ろを歩くけれど
今日は先頭を。
初めての山でまだ誰も歩いていない道を
一歩一歩足を置く場所を探りながら確かめながら
少しの緊張感と。



橅の林相が素晴らしい森。
静かで深い時間の中を黙々と歩いていく。
葉を叩く雨音はたまに聞こえてくるくらい
大きな森が屋根になってほとんど濡れることもない
陽射しのない白い世界は
時間の観念がなくなってくるような。







一段平に開けた場所についた。
ブナ平。
みごとに曲がった橅の木に
どんな時間の経過がこの景色を創ったのか
想像しながらひと息入れる。




ブナ平を過ぎた頃
本降りになってきた。
雨具の上を着て大きな橅の木の下で少しだけ雨宿り。



頭に、肩に、腕に
叩くように落ちてくる雨粒。
天気予報通り
多分もうこの先はずっとこんなだろう。
道も悪くなってくる。
笹平へ出る前には樹林帯も抜けて
雨を避けるものはなくなるはず。
そろそろ行こうか。の、声に
少しだけ覚悟を決めてまた雨の中へ歩き出す。

それでも雨だからという悲愴感はなく
濡れた葉っぱの艶やかさや
しっとりとした空気が心地よい。
雨を想定して新調したゴアテックスの帽子がこれまた快適で
もちろん足元のゴローもしっかりとしたグリップに
ゴアテックス仕様だからジャブジャブ水たまりに入っても何も問題はない。

山の中で雨が降るのは普通のこと。
いつもは鬱陶しい雨も
今日はそれくらいに思えて気持ちも軽い。
自分自身もこの森の、この山の一部になった気分で雨に打たれながら。
やがて道は下りになっていき
沢の音が聞こえてくる。
荒菅沢へと降りていくのだ。
滑りそうな木の根や岩に足をかけないように
慎重に、慎重に。




例年だと
まだ雪渓に覆われていることも多いということだったけれど
その心配はまったくなく普通に渡渉。
渡り終えて見上げると
はるか上に雪渓が不気味に口を開けていた。

白く煙るガスは
もちろん雨飾山の山頂を見せてはくれない。
( つづく )
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